2026.07.25
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トヨタの「もっといいクルマづくり」最前線 「ニュルからS耐へ」アジャイル開発と現場思考がもたらす人材育成の狙いとは

「もっといいクルマづくり」と「人財育成」の最前線とは

 トヨタ(TOYOTA GAZOO Racing)が展開している「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」と「モータースポーツを通じた人材育成」。
 
 この2つの思想を体現する象徴的な取り組みが、ドイツ・ニュルブルクリンクでの24時間レースへの挑戦と、その直後に日本で開催されたスーパー耐久シリーズ(オートポリス)への参戦です。
 
 極限状態のレース現場でクルマを追い込み、課題を発見して速やかに改善を施す「アジャイルな開発プロセス」。
 
 そして、その過酷な環境に身を置くことで現場の人間そのものを鍛え上げる「人材育成」。
 
 今回は、ニュルブルクリンク24時間レースを戦い抜き、その経験を胸に日本国内のスーパー耐久シリーズ第5戦(オートポリス)へと挑んだメカニックの南剛史さん、エンジニアの久富圭さん、そしてタイから研修として派遣されているエンジニアのミューさんの3名が語ったリアルな言葉を中心に、トヨタのクルマづくりと人材育成を紐解きます。

【画像ギャラリー】これが鍛え続けられるGRヤリスです(23枚)

過酷なモータースポーツでこそ学べるコトはたくさんある?(撮影:雪岡直樹)
過酷なモータースポーツでこそ学べるコトはたくさんある?(撮影:雪岡直樹)

 トヨタにおけるモータースポーツ参戦は、単に勝利やブランドのPRを目的としたものだけではありません。その根底にあるのは、極限のレース現場を「開発の実験場」として活用し、得られた知見を素早く市販車へフィードバックするという明確な理念です。

 この思想を語る上で「鍛える場」としてのニュルブルクリンクと、「直す場」としてのスーパー耐久(S耐)という二つの両輪です。

 世界一過酷と評されるニュルブルクリンクは、激しい起伏やギャップ、滑りやすい路面、そしてめまぐるしく変わる天候など、市販車テストコースでは再現しきれない極限のコンディションが広がっています。ここでクルマを走らせることで、車両の隠れた弱点や課題が容赦なく炙り出されます。まさにクルマと人を限界まで追い込み「鍛える」ための舞台です。

 一方で、年間を通じて短いスパンでレースが開催される日本のスーパー耐久シリーズは、ニュルで見つかった課題や対策を実戦を通じて即座に試し、修正するための「直す」現場として機能しています。ニュルで出た課題を、2、3週間後のS耐で改良して即座に投入する。この圧倒的なスピード感とアジャイルな開発サイクルこそが、トヨタのクルマづくりを飛躍的に進化させているエンジンとなっています。

 今回のオートポリス参戦においても、まさにこのサイクルが実証されました。5月に開催されたニュル24時間レースにおいて、GRヤリスDAT(32号車)は高負荷走行が続いたことでセンターカップリングが高温化したことにより、パワートレインの交換を余儀なくされました。

 チームはこの失敗を即座に解析。冷却風を効率的に取り込むためのアンダーフロア形状の見直しを図り、NACAダクト形状を追加した新たな熱対策を施しました。単に冷やすだけでなく、空気抵抗(CD値)を悪化させずにフロントのダウンフォース(負圧)を向上させるという高度な空力チューニングを完了させ、このオートポリスの地へとマシンを持ち込んだのです。

 しかし、このようなハードウェア(技術)の進化以上にトヨタが重視しているのが「ソフトウェア」、すなわち「現場で戦う人の成長」です。どれほど高度な設計やデータ解析技術があっても、現場で課題に直面したときに諦めずに考え抜き、ドライバーの言葉にならない感覚を形にできる人間がいなければ、本当に良いクルマは作れません。過酷なレース現場は、まさに次代のクルマづくりを担う人材を鍛え上げる最高の「道場」となっているのです。

 ニュルブルクリンクでの激闘を経てオートポリスに臨んだメンバーは、実戦を通して何を学び、自身の成長としてどのように捉えているのでしょうか。メカニックの南剛史さん、エンジニアの久富圭さん、タイから参画しているミューさん、それぞれの視点から語られた言葉には、モータースポーツ現場ならではの苦悩と成長のドラマがありました。

南剛史さん。トヨタからルーキーレーシングへ出向中(撮影:雪岡直樹)
南剛史さん。トヨタからルーキーレーシングへ出向中(撮影:雪岡直樹)

 メカニックおよびチーフメカニックとして現場の最前線を支える南さん。ニュルでのパワートレイン交換という凄惨なトラブル現場を乗り越えた南さんは、レース現場で学んだ「真の価値」について次のように語ります。

「人材育成ということで、基本的にはレースがやれる状態になって最終的に元の職場に戻るという前提なのですが、職場としては『レースができるようになって嬉しい』というわけではなく、それ以上に『何か学んできたことはないか』というところを大事にされます。タイヤが早く交換できるようになっても、職場のメリットにはならないからです」

 現場での作業スピードや技能の向上はもちろん重要ですが、元の職場へ復帰した際に本当に求められるのは「どのような意識を持って仕事に臨めるか」という姿勢そのものです。南さんはニュルでのトラブルを振り返りながら、事前準備の重みについて強く実感したと言います。

「レースを通して学んだこととしては、今回のニュルもそうですが『しっかりとした事前の準備』です。これがなければパワートレイン交換なども対応できなかったというところがありますので、しっかりとした準備の大切さですね。あとは、僕らがこの活動を終えて元の職場に戻ったとしても、すぐに独自の開発で貢献できるかというと、なかなか形にできることは少ないという現実もあります」

 作業技術を持ち帰るだけでは不十分であり、開発の現場に立ったときに生きてくるのは「壁にぶつかったときの向き合い方」であると南さんは強調します。

「僕らが持ち帰れるのは『マインドの変化』だと思っています。試験だったら試験を細部までちゃんとやり切る準備であったり、諦めない気持ちであったり。このレースをやっていると『絶対に最後まで諦めない』『自分で細部までやり切る』といった変化が生まれます。そのマインドの変化というところが一番大きいかなと思っていて、そのあたりを一番学んでいる最中であり、持ち帰りたい部分だと思っています」

 極限状態のレース現場では、時間もリソースも限られています。その中で「絶対に諦めずに最後までクルマを走らせる」という強い意志と、細部まで妥協しない準備の姿勢。南さんがニュルとS耐を通して手に入れたものは、あらゆるモノづくりの現場で妥協を許さないタフな現場力とマインドそのものでした。

久富圭さん。GAZOO Racing Company GR統括部ZR GR4(撮影:雪岡直樹)
久富圭さん。GAZOO Racing Company GR統括部ZR GR4(撮影:雪岡直樹)

 2024年からニュルブルクリンクのエンジニアリーダーを務める久富さん。量産車開発とモータースポーツ開発の最大の違い、そしてエンジニアとしてドライバーと向き合う中で得た大きな気付きについて次のように明かします。

「大きく違うなと感じているところは、もちろん量産車を作る上では様々な評価であったり、守らなければいけない法規であったり、いろんなものを包括しながら実験や試験をして作り込んでいくのですが、特にこのモータースポーツにおいては『ドライバーの声』であったり『感性』に対してどれだけ耳を傾けて、どれだけそれに応えていけるかというところが非常に重要な要素だと感じています」

 データ解析やシミュレーション技術が飛躍的に進化した現代のクルマづくりにおいても、最終的に限界域でマシンをコントロールするのは「人間(ドライバー)」です。久富さんは、数値には現れないドライバーの感覚を聞き出すプロセスの中に、エンジニアとしての本質があると語ります。

「一つ良い例がありまして、ドライバーから『ちょっとクルマの挙動に違和感がある』と言われた時に、こちらでたくさんのデータを取得しているものの、そのデータには現れてこないようなことがありました。『本当にノイズじゃないかな』と思うくらいのレベルで、何が違うのか、何がいけないのかが分からないことが非常に多くありました」

 データ上は異常がないにもかかわらず、ドライバーは違和感を訴える。その声を単なる気のせい(ノイズ)として切り捨てるのではなく、徹底的に対話を重ねることで、見過ごされていた真の課題が見えてくると言います。

「ただ、本当に深掘りしながら聞き込んでいくことによって、『もしかしたらこういうところが違うのかもしれない』という気づきがありました。今の技術としてはまだまだ未熟なところもあるので、そういったプロの感性を活用させていただきながら、我々も学ばせていただくことが非常に良かったなと思っています」

 データという客観的な事実と、ドライバーという人間の官能的な評価。その両者を繋ぎ合わせ、深い対話を通して真の改善点を見つけ出していく。久富さんが学んだドライバーの感性に寄り添う姿勢は、これからの量産車開発においても「乗って楽しい、意のままに操れるクルマ」を生み出すための不可欠なスキルとなっています。

Meerith Ngamsutti(ミューさん)。GAZOO Racing Company GR統括部ZR GR4(撮影:雪岡直樹)
Meerith Ngamsutti(ミューさん)。GAZOO Racing Company GR統括部ZR GR4(撮影:雪岡直樹)

 またタイの現地法人(TMA)でシャシ設計を担当し、2025年から日本のGRカンパニーへ派遣されているミューさん。日本チームのモータースポーツ活動に加わり、日々新鮮な刺激と学びを得ているミューさんは、タイと日本の現場における文化やマネジメントの違いについて、率直な印象を語ります。

「私は研修のタイミングで来ているので、毎日が学びですね。日本で当たり前のことがいっぱいあるので、例えば『部品の事前準備』とか。タイの人は壊れたら準備して交換するような感じだったのですが、事前の準備やマネジメント・管理などの必要性は、すごく理解というか勉強になりました」

 タイのレース現場では「パーツが壊れてから準備して交換する」という後手に回るスタイルが主流であったのに対し、日本のチームでは「トラブルを未然に防ぐための完璧な事前準備や整理整頓」が徹底されていました。ミューさんはこの徹底された管理体制とプロの姿勢に深く感銘を受けたと言います。

「日本の『当たり前』で足りないものをタイの人に展開して、タイのモータースポーツを少し引っ張り上げていきたいなという気持ちでやっております」

 ミューさんにとって日本でのレース体験は、単なる技術の習得にとどまりません。現場の整理整頓、円滑なコミュニケーション、トラブルを予測して先手を打つ工程管理といった「文化的な当たり前」を吸収する場となっています。日本で学んだ高い基準とマネジメント手法を持ち帰り、自国のモータースポーツや市販車開発のレベルをボトムアップさせたいというミューさんの志は、トヨタ(GR)が推進するグローバルな人材育成の成果そのものと言えます。

ニュルとS耐の両輪で鍛える(撮影:雪岡直樹)
ニュルとS耐の両輪で鍛える(撮影:雪岡直樹)

※ ※ ※

 トヨタ(GR)がニュルブルクリンクやスーパー耐久といった過酷なレースに参戦し続ける理由。それは、表彰台の頂点に立つこと以上に、極限状態の中で「人とクルマを限界まで鍛え上げる」という明確な目的があるからです。

 ニュルブルクリンク24時間レースという世界一過酷なコースで失敗を経験し、高負荷によるトラブルから逃げることなく真因を追及する。そして、流体力学を駆使して新たな解決策を導き出し、わずか数週間後のオートポリスで即座に実戦投入して試す。このアジャイルでスピード感あふれるモノづくりのプロセスこそが、トヨタのクルマづくりを力強く前進させています。

 そして、そのクルマづくりの現場を支えているのは、他ならぬ「人」です。

 過酷なモータースポーツの現場で汗を流し、壁にぶつかり、知恵を絞った彼らの成長こそが、「もっといいクルマづくり」を将来にわたって支え続ける最大の原動力となります。

「道が人を鍛え、人がクルマをつくる」。

 ニュルブルクリンクからオートポリスへと受け継がれたGRヤリスDATの走りと、その現場で輝く3人の笑顔と情熱は、トヨタのモータースポーツ参戦が単なるレース活動ではなく、未来のクルマづくりと人を育てるための揺るぎない挑戦であることを力強く物語っています。

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